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ハーフ系カラコンを選ぶコツ

ハーフ系メイクに欠かせないのがカラコンです。
でもどんなカラコンを選べばハーフっぽく見えるのかわからないという人も多いはず。
そこでハーフ系カラコンの選び方を伝授します。
ちなみにこちらのサイトでさらに詳しく解説しているので、こちらを見てもらった方が早いです。
>>カラコン ハーフ

ここで終ってしまっては記事を書いた意味が無いので(笑)ここでも書きます!
まずハーフ系カラコンという言葉で皆さんはどんなカラーをイメージするでしょうか?
ブルーやグリーンといった色は金髪でつけまつげでというギャルっぽいハーフ系メイクには合うのですが、黒髪やナチュラルな感じのハーフ系メイクには目だけ浮いた感じになってしまいます。

そこで選ぶのがグレーとヘーゼル・ベージュです。
この色ならどんな人にも合わせやすいです。
そして選び方としては単色のカラコンではなく3トーンが重なったグレー(ヘーゼル・ベージュ)系を選びます。
グレーとヘーゼルとあと1色が重なったものでもOKですし、ライトグレー×ダークグレー×ライトブラウンみたいなのでもOKです。
とにかく3色が重なり合ったカラコンを選んでください(出来ればグレー系かヘーゼル系が無難)。

そしてもう一つのポイントが「ひまわりの花の模様」です。
これは3トーンが重なったカラコンを選べば勝手に瞳に浮かび上がることが多いのですが、装着したときに瞳にひまわりの花の模様ができるカラコンがハーフっぽく見えるポイントなのです。

そして最後にカラコンの着色直径です。
自分の瞳の大きさと同じくらいの着色直径のカラコンだとすごく自然にハーフっぽく見えます。
デカ目に見せつつハーフっぽくしたい場合にはあまり気にしなくていいのですが、着色直径が自分の瞳よりも大きすぎると宇宙人に見えてしまうので注意してください。

だいたいこういったところを意識して選べば大丈夫です!

佐藤垢石

 葵原夫人は、素晴らしい意気込みである。頬に紅潮が漂って来た。
「では、いけませんか?」
 と、念を押す。
「いけない、と言うことはありませんが、一体に婦人は舟に弱いものですからね」
「いえ、それでしたら御心配いりませんわ。私、もう五、六年も毎年葵原と一緒にヨットの練習をやっているんですもの――一度だって、眩ったこと御座いませんの――」
「それなら、いいですが」
「昨年の夏は、品川から三崎まで遠乗りしましたわ。ちゃんと、度胸が据わってます」
「大したものですな――しかし、葵原君が同意するかどうか?」
「ところがですわ、今朝お前がやって見たいと言うなら、行ってお願いして見なさい、と言って葵原の方から私に勧めたような訳で御座いますわ」
「そうでしたら、構いませんが……」

 青鱚釣は例年八十八夜即ち五月上旬には釣れはじまる。江戸前三枚洲、ガン場、中川尻、出洲など大そうな賑わいである。また千葉方面では浦安、船橋なども人出が多く最近は周西方面まで遠征する人もあり、西海岸では立会川、鈴ヶ森、品川、羽田、川崎方面からも舟出する。
 この魚は餌に対する振舞になかなか微妙なところがあり、鈎に掛ってから引きが強いので昔から大層な人気がある。少し臭みはあるが味はなかなかよく珍重される。黎明の頃から釣るならわしになっているが、これは朝の海は静かで釣りいいからで午前三時には河岸払いをする。即ち舟を出すのである。であるから釣客は大抵前晩に船宿へつめかけていて少しの間眠り、やがて舟の用意が出来ると竿を携えて乗り、舟の中で朝飯を食う。これがなかなかおいしいものである。釣場へつくと船が適当の場所を選定して脚立を立てて呉れるからそれに乗換えて釣りはじめるのであるが、潮通しのよろしい場所でないとよく釣れない。であるからこの釣にはよく当り外れが伴い上手な人でも一尾も釣れない場合がある。釣れると例の長いビクを脚立から海へたれ下げるが釣れない内はビクを下してはいけない。これは遠くから船頭が見て釣れたか釣れないかの見分けとするためである。

 秋がくると食べものがおいしい。私のように冬でも夏でも年中川や海へ釣の旅をして、鮮しい魚を嗜んでいるものでも、秋がくると特に魚漿にうま味が出てくるのを感ずるのである。
 殊に、今年の立秋からの鮎はおいしかったように思う。一体今年位鮎の育ちの遅れていた年はなかった。例年ならば、土用あけには肥育ちの絶頂に達し、丈も伸び肉も円みもついて八月中旬過ぎには腹に片子を持つのであるが、今年は土用があけても稚鮎の姿をしていた。随って、腹に片子を持っている鮎も、まれであった。
 陽気も一体に遅れているように感ずる。いつもの年には、秋が立つと日中は暑いけれど、朝夕には爽やかな北の風が忍び吹いて肌に清涼を覚えるのであるが、空の雲にも気の動きにも初秋らしいものを感じなかった。ただ、暑い暑いといって喘いでいたのである。旧盆が八月下旬にきた位であるから、陽気が遅れているのが当り前であったであろう。
 鮎も陽気と共に、育ちが遅れていた。私は秋が立つと、上越国境を越えて新潟県の魚野川へ鮎を求めて友釣の旅に出た。それは、八月の十日ごろであった。恙虫がいるので有名な浦佐町の地先で釣ったのだけれど、最初のうちは鮎の姿の小さいのに驚いたのである。そして、十日ばかり釣り続けているうち、鮎は次第に育ってきたが腹の生殖腺がさっぱり発達してこなかった。つまり腹の中に粒子も白子も見えはじめないのである。

佐々木邦2

好機会

 新しい会堂が出来上って、牧師さんと教会書記が音響の試験をする。説教壇でピンを落した音が座席の隅々まで聞えるようにありたい。
「ずっと後の方へ行って立っていてくれたまえ。もっと後ろ」
 と牧師さんは書記に命じて、聖書を読み始めた。
「よく聞えます」
「今度は、君、説教壇に立って、何か言って見給え」
 書記が説教壇に上った。
「何を言いましょうか?」
「何でも思うことを言って見給え」
「物価はマス/\あがります。聞えますか?」
「聞える。聞える」
「しかるに私の俸給はこの三年間少しもあがっていません。先生、聞えますか?」

 私が入学した頃の卒業生はビリコケでも羽が生えて飛んだ。多少成績が好いと引っ張り凧の形だった。首席で出た従兄の如きは口があり過ぎて選択に迷った。
「兎に角面会丈けはしてやらないと推薦者の感情を害するからね」
 と言った調子で、頼むよりは断るのに骨を折ったものである。
 然るにその翌年からソロ/\売れ口が悪くなった。続いて年々余るという噂を耳にしたが、此方の卒業までには未だ間があるから、川向うの火事ぐらいに考えていた。
「心配することはない。これから三年の中には持ち直す。統計からいっても不景気は然う長く続くものじゃない」
 と本科になった頃も高を括っていたところが、然うは問屋で卸さなかった。不景気はその後年毎に悪化して、此年はそのドン底だという。昨今はもう他ごとでない。
「三菱が唯七人とはひどい」
 と一人が溜息をつけば、
「それへ五十人も押しかけるんだから下積みは迚も見込がない」

 私の家は両隣りとも陸軍大佐である。予備か後備か知らないが、盆栽を弄ったり謡曲を唸ったりして、先ず悠々自適というところだ。目黒もこの界隈は筍と共に軍人の古手が多い。丘麓の片側町三十何戸は半数まで陸軍将校の侘住いである。そうしてそれが大抵中佐か大佐の恩給取りだ。
 東京市外の地価が未だ斯うほど騰貴しなかった頃、この辺一帯の持主が畑と孟宗藪を百坪乃至二百坪に区切って貸地にした。これは昨今市内の華族さまがやっている社会奉仕土地開放である。目黒駅へ十分と称しても、実は十五六分かゝるので、坪四銭という安い地代だった。坪四銭は会社の中どころを勤めていた私に持って来いだったと同時に陸海軍を中どころで引いた人達にも持って来いだったと見える。お互の生活程度では兎に角自分のと呼べる家が欲しいので、地面は来世のことゝ諦め切っている。私は或冬の朝この借地を検分中今の南隣りの主人公と知合になった。先方も坪四銭が気に入って検分に来たのである。名刺を交換して、陸軍歩兵大佐と承知した。

佐々木邦

私は早過ぎたのである。日の出る頃には十五六名集った。しかし大多数の人はこんな壮麗な光景を余所に惰眠を食っているのだと思ったら、気の毒になった。尚お新鮮な空気を充分に吸って帰途につくと、牛乳屋や新聞配達がポツ/\歩いていた。家の近所では女中達が未だしどけない形をして彼方此方で門を開けていた。
「お早うございましたね」
 と妻が迎えた。妻も医者同様私の容体を軽視して、最初は欠勤休養の必要を認めなかったのである。
「少し早過ぎたよ」
 と言って、私は巡査と老人のことを話してから、
「俺は人相が悪いのだろうか?」
 と訊いて見た。
「そんなこともないでしょうが、風体が好くありませんわ。それに夜明け前ですからね。そんな大きな人がそんな形をしてあんな太いステッキを持って歩けば、何人だって神経衰弱の保養とは思いませんよ」

 日本はアメリカよりも自由国である。小学校で進化論を教えても問題にならない。しかし鳥居氏の家庭では、
「お母さん、僕も先祖は猿でしょうかね?」
 と十歳になる惣領息子が尋ねた時、日頃貞淑な夫人が、
「何うだろうかね。私はお前のお父さんの親類のことは知らないよ」
 と答えたので、夫婦の間に一場の波瀾が持ち上った。長火鉢を隔てゝ夕刊を読んでいた主人公は、
「変なことを言うじゃないか?」
 と覚えず鎌首を擡げたのである。
「知らないから知らないと申したんですわ」
 と応じながら、夫人は一方女中に早く食卓の上を片付けるように目つきで命じた。もう一方末の子に乳を飲ませている。又もう一方少し考えていることもあった。三方四方ナカ/\忙しい。
「何も俺の親類を引き合いに出す必要はあるまい。或は猿かも知れないと言わないばかりじゃないか?」
 と鳥居氏は追究した。

 片岡君は又禁酒を思い立った。
 思い立つ日が吉日というが、片岡君は然う右から左へ埒を明けたがらない。思い立ってから吉日を探し当てるまでに可なり手間がかゝる。
「今から禁酒しても来月は小杉君が洋行するから送別会がある。俺は一番懇意だから何うしたって発起人は免れない」
 なぞと言って、兎角大切を取る。
「あなたのような方は身投げの決心をしても大丈夫でございますわね」
 と細君が冷かす。
「何故?」
「何故って、こんな深いところじゃ迚も助かるまいって先ずお考えになりますわ」
「然うかも知れない。未練があるのさ。子供がないんだから、酒でも飲まなくちゃね」
「ですから是非おやめなさいとは申上げませんよ。適度に召上ったら宜しいじゃございませんか?」
「その適度がむずかしいから一思いにやめようと言うのさ」
「それならおやめなさいませ」