cover song

次が、
「勸工場の逆戻。」
東京の區到る處にいづれも一二の勸工場あり、皆入口と出口を異にす、獨り牛込の勸工場は出口と入口と同一なり、「だから不思議さ。」と聞いて見れば詰らぬこと。
それから、
「藪蕎麥の青天井。」
下谷團子坂の出店なり。夏は屋根の上に柱を建て、席を敷きて客を招ず。時々夕立に蕎麥を攫はる、とおまけを謂はねば不思議にならず。
「奧行なしの牛肉店。」
(いろは)のことなり、唯見れば大廈嵬然として聳ゆれども奧行は少しもなく、座敷は殘らず三角形をなす、蓋し幾何學的の不思議ならむ。
「島金の辻行燈。」

「ここだ、この音なんだよ。」
 帽子も靴も艶々と光る、三十ばかりの、しかるべき会社か銀行で当時若手の利けものといった風采。一ツ、容子は似つかわしく外国語で行こう、ヤングゼントルマンというのが、その同伴の、――すらりとして派手に鮮麗な中に、扱帯の結んだ端、羽織の裏、褄はずれ、目立たないで、ちらちらと春風にちらめく処々に薄りと蔭がさす、何か、もの思か、悩が身にありそうな、ぱっと咲いて浅く重る花片に、曇のある趣に似たが、風情は勝る、花の香はその隈から、幽に、行違う人を誘うて時めく。薫を籠めて、藤、菖蒲、色の調う一枚小袖、長襦袢。そのいずれも彩糸は使わないで、ひとえに浅みどりの柳の葉を、針で運んで縫ったように、姿を通して涼しさの靡くと同時に、袖にも褄にもすらすらと寂しの添った、痩せぎすな美しい女に、――今のを、ト言掛けると、婦人は黙って頷いた。

 先年尾上家の養子で橘之助といった名題俳優が、年紀二十有五に満たず、肺を煩い、余り胸が痛いから白菊の露が飲みたいという意味の辞世の句を残して儚うなり、贔屓の人々は謂うまでもなく、見巧者をはじめ、芸人の仲間にも、あわれ梨園の眺め唯一の、白百合一つ萎んだりと、声を上げて惜しみ悼まれたほどのことである。
 深川富岡門前に待乳屋と謂って三味線屋があり、その一人娘で菊枝という十六になるのが、秋も末方の日が暮れてから、つい近所の不動の縁日に詣るといって出たのが、十時半過ぎ、かれこれ十一時に近く、戸外の人通もまばらになって、まだ帰って来なかった。
 別に案ずるまでもない、同町の軒並び二町ばかり洲崎の方へ寄った角に、浅草紙、束藁、懐炉灰、蚊遣香などの荒物、烟草も封印なしの一銭五厘二銭玉、ぱいれっと、ひーろーぐらいな処を商う店がある、真中が抜裏の路地になって合角に格子戸造の仕舞家が一軒。

 
 
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